2016年09月01日

「相手を敬う」


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先月ブラジルで開催されたオリンピックでは、様々な感動的なシーンを見ることができた。
 中でも陸上女子5000メートルで、アメリカの選手が接触して倒れたニュージーランドの選手を置き去りにせず、「立って立って。完走しなきゃ」と連れだって走り出したが、今度は自分が足の激痛で倒れこむ。助けた相手に助け起こされ、最下位でゴールしたというシーンが最も印象的だった。

 天声人語でもこの事がとりあげられ、ダゴスティノ選手の「助けたのは本能。私が助けたというより私の中の神様が助けた感じ。」と報じている。
 ダゴスティノ選手の行為は、世界中の人たちが自国の選手を応援しているなかで、勝ち負けとは違う事柄、「相手を敬い、互いに助け合う」ことの大切さを教えてくれた。

 私が育った昭和20年代〜30年代、一般家庭には電話もテレビも冷蔵庫もなかった。母は暗いうちから起き出して竃でご飯をたいていた。しかし、少しも貧しかったという記憶はない。むしろいつも心浮き立つことが多かったように思う。
 田植えの時期になると、隣組十数軒の人たち全員が協力して田植えを行った。子供達も苗を配ったり紐をひっぱたりして働いた。作業の合間に畦道にみなで座って食べたおにぎりはとても美味しかった。秋になると共同で購入した籾摺機で、手先の器用な父が天日で干しあがった籾を、一軒一軒摺って回った。働いている父の姿がとても誇らしかった。

 やがて、昭和39年の東京オリンピックのころから便利な電化製品が普及しはじめ、農作業も機械化が進み重労働から解放されて、共同作業も必要なくなった。

 いわゆる高度経済成長をむかえ、もっと豊かになればもっと幸せになれると皆が考えた。しかし現実は公害の発生、核家族化、都市への人口集中、過疎化の進行とコミュニティの崩壊、など多くの代償をはらうことになった。

 平成3年、西日本を襲った台風19号の被害で1週間ほど停電になった事がある。便利な電化製品に頼っていた生活はいろいろ支障をきたした。
 幸い我が家には山からの湧き水があり、夜テレビが見られないだけでローソクの火で晩ご飯を食べる生活が何だか楽しかった。あの時、あまりにも便利で快適な生活は地に足がついてない危うさを孕んでいると感じた。

 科学技術の進歩は止まることなく、これからもどんどん変わってゆくだろう。しかし、人間が人間であるためにもっとも必要なこと。本当に豊かな生活をおくるために大切なこと。それは、相手を敬い・思いやり・助け合う心を育むことだと思う。

 今、団塊の世代が退職を迎え次の世代へとバトンタッチが進んでいる。ただ見守るのではなく、日本人らしい豊かな心をこそきちんと伝えたいものだ。
posted by ryuouji at 08:26| Comment(0) | 日記