2016年12月01日

「御正忌を迎える」

杉盛.JPG

十二月に入り、いよいよ御正忌報恩講を勤めねばならない。当寺では毎年十二月の初旬につとめているが、小学生のころは二学期の終業式といつも重なっていた。というのも農家では餅米の収穫が十二月までかかりどうしても中旬以降になったのだと思う。

 例年、十人のお世話人さんと総代さんに集まってもらい話し合いを持ってもらうことから始まる。

 お世話人さんたちは一軒づつ玄米1升と餅米2合をきってまわって下さる。そして、餅つきの前日には11臼分の餅米を研いで水にかして準備を整える。去る27日、朝7時半からお釜に薪を焚いて餅搗き作業が始まった。30名程の皆さんの協力で杉盛りの材料となる小餅を作り、昼からは串差しの作業にうつる。本堂では同時並行して仏具を磨いてゆく。

 毎年の事とはいえ本当に頭が下がることだ。妻からふっと、「きのどくなので餅米を洗うのは私がやろうか?」と言われ返事に困った。
 妻の気持ちは勿論わかるが、御正忌は「主客転倒のお座」でありみんなで準備を整えて親鸞聖人をお迎えするのだと教えられてきた者としては、やはりそこには大きな意味があるように思う。

 昨年はじめておまいりした伊勢神宮には、賽銭箱も注連縄も狛犬もないことを知った。何だか本来の宗教とは何かを教えられたように思える。

 漢和辞典で「賽」という字をひいてみると、@として「神から福を受けたことを感謝して祭る。」と書いている。つまり賽銭とは決して神様に請求書を差し出すのではなくいわば領収書なのである。

 三十年ほど前、法話の中で御正忌のおときは、椎茸・牛蒡・蒟蒻・・・・とそれぞれ聖人のご苦労を偲び、お傘・杖・草履・・・・と味わっていただきなさいと教えられた。

 たまたま、庭に沢山蒟蒻芋が自生していたので翌年から手作りしてみたところ好評で毎年作ることになり今にいたった。何時間も芋の皮を剥いて手伝いをしないので妻には不評であるが、今年も何とか炊きあげて水にかすことができた。
posted by ryuouji at 12:00| Comment(0) | 日記
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