2017年10月01日

「耐え忍ぶ」

白い花.JPG

 去る9月23日、祖廟の秋季彼岸法要を勤めた。勤行のあと、参列の方々に感話をお願いした。
 それぞれ自らの病気のこと、家族の介護のことなどを話してくださり、どう身の事実と向き合っているのかがよくわかった。

 そんな中、Hさんは自分の来し方を振り返りながら、人生で大切なことは、日々努力を重ねる事と耐え忍ぶこととだと自らに語りかけるように仰った。話しを聞きながら、Hさんの真面目な人柄とともに、ただ「我慢」することと「忍耐」とでは随分意味が異なると感じた。つまり「忍ぶ」という言葉にはとても肯定的・建設的な響きがあり、植物が見えないところでじっと根を張る様が思われた。

 以前、高倉健さんが座右の銘とされたのは、「我行精進 忍終不悔(我が行は精進にして 忍んで終に悔いざらん)」」という無量寿経の中にある法蔵菩薩の言葉であった。

 この言葉を贈った酒井雄哉師は二千日回峯行(長い比叡山の歴史の中でも過去3人だけしかいない)を断行した大阿闍梨、かたや高倉さんも数々の名作を残した大スターである。
 つい言葉の重さにたじろいでしまうが、誰にとっても人生で大切なことを守って行こうとすれば、必ず「忍ぶ」ことが伴うのだと思う。

 22歳で亡くなられた大島みち子さんは、「人生長きがゆえに尊からず、人生深きがゆえに尊し」と書き残している。いつ終わろうとも悔いはなしと言い切れる人生は深い教えにであった人だけが言える言葉とも思う。
posted by ryuouji at 17:20| Comment(0) | 日記
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