2017年12月01日

「以自業識為内因」

もみじ.JPG


 神奈川県座間市のアパートで9人の遺体が見つかるという事件が起こり、新聞やテレビで報道がされている。
 11/19の新聞記事に容疑者の過去の発言として、父親に「何のために生きているのかわからない」とこぼした。と書かれている。
 まだ事件の全体に不明な点の多い状況ではあるが、その背景には、現代社会が抱える闇が潜んでいるように思える。

 反抗期に入った子供達から、「頼みもしないのにかってに産んで」などと言われると、なかなか的確な返答が出来ずに困っていた。「あなたはみんなから望まれ祝福されて生まれてきたのよ」と言っても今ひとつ迫力に欠けるのである。
 そんな時に、善導大師の観経疏序分義に書かれている「既欲受身、以自業識為内因、以父母精血為外縁、因縁和合故有此身」
( すでにみをうけんとほっするに、 みづからのごっしきをもつてないいんとなし、 ぶものしょうけつをもつてげえんとなして、 いんねんわごうするがゆえにこのみあり。)という言葉を教えてもらい、驚きとともにもやもやした思いが消えた。
 要は、両親が望む前にこの私の中にある深い思いがあって、両親を縁としてこの世に生まれ出たのである。

 人間は、「なぜ生まれて来たのか?」「死んだら何処に行くのか?」という問題に頷けないと前に進めない、何ともやっかいな存在である。

 「花は散るから美しい」のなら、「人は死ぬから愛おしい」と言い換えられると思う。自分がこの世に生を受けた道理がわかれば、もっともっと積極的な生き方を模索出来、利害損得だけに振り回される事から解放されるのではあるまいか。
posted by ryuouji at 19:14| Comment(0) | 日記
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