2018年02月28日

「祇樹給孤独園」

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2月はピョンチャンオリンピックの報道が連日マスコミで取り上げられ、特にメダリスト達のインタビューが大きくとり扱われた。
 どの選手も喜びの表情を浮かべながら、選手生活を支えてくれた人々への感謝の思いを口にしていた。
 家族や所属団体をはじめ、コーチ・トレーナー・スポンサー・・・と本当に多くの支えがあってこその結果なのだろうと思う。

 特に、スピードスケートで金メダルを獲得した小平選手を十年にわたりづっと支え続けた相沢病院の存在は、小平選手のスケートへの情熱に対して利害損得ではなく無条件に応援し続けたとても心温まる関係である。

 阿弥陀経のはじめに出てくる、「祇樹給孤独園」(略して祇園とか祇園精舎ともいう)の逸話を思い出させてくれた。

 伝えられるところでは、マガダ国でお釈迦様の説法を聞き深く喜んだ須達多長者(孤独で貧しい人に施しをしていたので給孤独長者とも呼ばれていました)は、自国のコーサラ国の人々にも聞いてもらいたいと思い、お釈迦様を迎える寺を建てようと発願します。そして祇陀太子の森が寺にふさわしいと「土地を売って下さい」頼みました。ところが太子は嫌がって「お金を敷いた面積だけ売ろう」と難題を出しました。すると給孤独長者さっそく全財産を運んでその土地にお金を敷き始めました。祇陀太子は驚き長者の願いに感動して「私の樹木で寺を建てて下さい」と寄進を申し出られたそうである。

 考えてみれは、誰の人生も不思議なであいの連続でり、そのであった人と教えによって人生は形作られてゆくのだと思う。

 古代オリンピックでは、開催期間だけは戦争を中止したそうであるが、今回のオリンピック期間も世界中の人々が勝敗を超えて幸せな時間を共有したように感じる。これからも心がほっとするような時間を多くの人が共有出来る世界であって欲しいと願うばかりだ。
posted by ryuouji at 07:53| Comment(0) | 日記

2018年02月02日

「孤独との対峙」

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先月、芥川賞・直木賞が発表され、翌日の天声人語(1/19朝刊)に若竹千佐子さんの「おらおらでひとりいぐも」の書評が紹介されていた。
 主人公は74歳、夫が急逝し、愛犬をうしない子どもとも隔たり、孤独との対峙が始まるという内容で作者自身が「玄冬小説」と呼んでいるそうだ。

 早速買い求めて読んでみると、予想とは異なり主人公の桃子さんはとても逞しくしなやかに生きている様に感じられた。文中の一節、「周三が亡くなってからの数年こそ、自分が一番輝いていた時ではなかったのか桃子さんは思う。平板な桃子さんの人生で一番つらく悲しかったあのときが一番強く濃く色彩をなしている。」が記憶に残った。

 しかし、この主人公の様にみな強く生きれるのだろうか?翌20日の新聞に、イギリスのメイ首相が「孤独担当相」を新設したという記事を見つけた。イギリスでは7人に1人が孤独感を感じており、原因として「英国では、労働組合やパブ、教会などが伝統的に人々を結び付ける役割を果たしてきたが、数の減少や社会の変化により存在感は弱まっている。」と書かれている。さらに「英国家庭医学会によると、孤独な人は社会的なつながりがある人に比べて天寿を全うせずに亡くなる可能性が50%も高い」とも書かれている。おそらくこのような傾向は世界的な潮流なのであり、現代という時代の課題なのだろう。

 タバコ屋さんは自動販売機にとってかわられ、町の本屋さんは消えてしまい代わりにネット通販の宅配便が行き交う。
 人はより快適で便利なものを求めて来たはずなのに、ス-パーのレジに並んでもバーコードを読み取る音がするだけで、目と目を合わせて会話をすることもない。何とも皮肉なことに便利さと引き替えに大切な何かをなくしているようだ。
 メールを配信すると即座に返事の単語でかえってくるのは確かに便利ではある。でも愛しい人へ恋文をひたためてから返信を待つ間に、その人への思いがより醸成されてゆくといったことはない。
 桃子さんが孤独な状況の中にあっても、生きてゆけるのは幼い日を心豊かにばっちゃと過ごした過去があり、周三との濃密な日々があったからである。

 もし心を病んで天寿を全う出来ないという事態を現代社会が生み出しているのならば、なんとか変えてゆかねばならない。

 全国にコンビニよりも沢山ある寺院が、地域の人々が気軽に集う場としての機能を回復すれば今後その存在意義もより大きくなるようにおもうのだが・・・・・
posted by ryuouji at 19:48| Comment(0) | 日記

2018年01月01日

「急ぐべからず」

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暮れになると年輩の方々から、「歳をとると1年がとても早く感じられる」という言葉を聞かされる。私自身も「右同感」である。
 教員時代の経験では、5コマ以上の授業時間がある日は一日がとても長く感じられ、春休みなどで事務的な仕事をやっているととても時間が早く過ぎた。

 徳川家康の遺訓とも言われる、「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし急ぐべからず」という言葉にある、「急ぐべからず」とはただゆっくり進みなさいという以上に、大切に一日一日を送るように諭しているのではあるまいか。

 生前、亡き母が遺言のように話してくれた事がある。母方の祖父が臨終の床にあるとき、「四人の子供達はまだ一人も結婚していないが、私はどうすればいいのですか?」と祖母が尋ねると、「そんなことは、ご縁があれば皆さんがどうにかしてくれる。それよりもお念仏相続を怠らずつとめなさい。」と答えたそうである。やがて「うちの娘をもらって下さい」という人があらわれ、妹たちも次々に嫁いで祖父の言ったとおりになったというのである。

 物事は期が熟すれば成就し、縁にふれれば動き出すというのが道理なのであろう。

 祖母が心配したように、この私もいろいろな不安な思いに悩まされる日々ではあるが、新年を迎えるにあたり祖父の残した言葉をもう一度聞き直したい。

 念仏の世界に身をおけば、どんな「重荷」であっても自分にしか背負えないと引き受けられ、いくら遠くても行き先が指し示されればたんたんと歩を進められるとの願いが祖父の言葉には込められていると思える。
posted by ryuouji at 13:46| Comment(0) | 日記