2017年07月01日

「坊守のひとりごとI」

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 また恐ろしいものが増えた。野生動物(猪・鹿・アライグマ・ハクビシン)とAI(人工知能)。

 梅雨に入って、本堂の白壁に雨だれ跡がたくさんあった。雨漏りかと騒いで瓦屋さんと大工さんに電話をする。犯人はアライグマとハクビシンらしい。七高僧や聖徳太子の御掛軸の上を、トイレにするとは・・・。どうせ天井に住むのなら、少しは聞法しなさいと言いたくなる。

 外では庭木や畑の野菜を食べ散らかされ、内では天井を住みかに排便排尿をしてあばれまわる。
 減少する村の人口と増加する野生動物。先々どうなるのか恐ろしい話だ。

 もうひとつは、AIの発展。将棋だけでなく、碁まで、人間に勝利した。最近では、短時間で病名を見つけたり、就職活動の初期面接も担当するという。既に選挙活動に利用され活躍したと聞く。

 先日朝日新聞に、「人間検索エンジン」と呼ばれるコンピューターシステムの事が載っていた。フェイスブックの「いいね!」の数でその人の性格がわかるという。「いいね!」の数が70個あれば友達より、150個あれば家族より、300個あれば配偶者より、本人の性格を正確に把握できるそうだ。
 それでは300個以上あれば、本人より本人の性格がわかるのであろうか?コンピューターに向かって、「私は何者でしょうか」「どんな性格でしょうか」と問うたら答えが返ってくるのだりうか。

 コンピューターの前で一喜一憂する姿を想像すると、これ又恐ろしい。
posted by ryuouji at 13:37| Comment(0) | 日記

2017年06月01日

「来し方行く末」

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  昭和二十七年生まれの私と妻は、今年六十五才を迎える。基礎年金の支給が始まり、健康保険証が変わり、いよいよ高齢者の仲間入りする。

 来し方を思えば、亡き父は二度の召集に応じて二十代の日々の大半を戦場で送り、毎日「死」と隣り合わせの日々を過ごした。私は父のような過酷な日々を経験するすることもなく、困窮にあえぎ食べるものに事欠くといった事もなかった。
 これもただ運が良かったと片付けられるのではなく、そこには先人の大きな歩みがあってこそと思う。

イソップ寓話のひとつに「アリとキリギリス」というお話がある。夏の間、アリたちは冬の食料を蓄えるために働き続け、キリギリスはバイオリンを弾き、歌を歌って過ごす。やがて冬が来て、キリギリスは食べ物がなくてこまるのである。
 説得力のある話であり、過去が現在を規定し、現在が未来を決めてゆくというのはいわば当たり前のことだ。

ところが、お経の中の時系列は「過去→現在→未来」ではなくて、「過去→未来→現在」と説かれている。観無量寿経の中には「過去未来現在 三世諸佛 浄業正因」という言葉が出てくる。
 私なりに思うことは、ただ自分の思いを実現するだけに終始するのではなくて、自分に願われている事柄をこそ中心に据えれば、見えてくる世界もかわると説いているのではあるまいか。

 詩人・金子みすゞの「大漁」の中に
  「浜はまつりのようだけど 海のなかでは何万の 鰮のとむらいするだろう」という言葉がでてくる。常に仏様の目差しを感じながら生きた金子みすゞならではの詩である。

これから未体験の行く末を生きるにあたり、なりたい自分にプラスして願われている事柄は何かを思い、それを父と母に問いながら歩を進めたい。
posted by ryuouji at 06:22| Comment(0) | 日記

2017年05月08日

「坊守のひとりごとH」

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 4月に息子が帰って来た。正確には帰らせた。好きなことをして良いが、30歳になったら寺に帰れという約束を守ってだ。18歳で家を出て、京都の大学で学生生活を送り、東京でサラリーマンを経験し、途中から島根県で働いていた。
 十二代住職の父は農業を十三代住職の夫は教員を兼業しながら寺を守ってきた。さて、十四代はどう立ち向かうのであろうか。

 過疎化の進む田舎の小さな寺であるが、「寺を守ること」はイコール「地域を守ること」だと私は思って来た。「地域を守ること」は県や国を守ることにつながっていると思っている。点の集まりが線になり、線の集まりが面になる。ひとつひとつの小さな点がとても大事だと思っている。そして、私もその一つの小さな点である。さて息子がこの地でどんな点になるのだろうか。
posted by ryuouji at 11:39| Comment(0) | 日記